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東京に行ってきました!

兄弟の結婚式があり、子供を連れ、東京に行ってきました。

元気な盛りなので、膝の上でじっとさせるのは無理と思い、
飛行機はチャイルドシート持参でした。

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偶然のタイミングで、航空券割引セールをやっており、
座席指定、荷物を入れて、往復で1万4000円(2名)と驚愕の運賃でした。
島外からの奄美へお越しの方も増えている様。
奄美大島が活性化される事を期待します。

・・・東京はやはり人が多かったです。

夜釣り・・・

奄美大島も朝・夕が冷えはじめ冬を若干感じてきておりますが、皆様、体調はいかがでしょうか?
月初めの忙しい日に、釣り仲間からの誘いを受けて業務終了後の午後7:30に名瀬港を出港・・・10分足らずで名瀬の「沖堤防」に到着・・・昼間の堤防の写真から夜の風景を・・・

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10月の出向の際に撮影。

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堤防から名瀬に向かって撮影。

近くを定期船が出入港していきます。夜の時間は、南(沖縄から与論・沖永良部・徳之島)から入港し、鹿児島へ出港していきます。
この日は夜釣りの泊り込みということで、カセットコンロや手鍋、テント代わりにブルーシートを準備。
天気が心配でしたが、雨も降りませんでした。深夜11:00頃に自分の竿が突然・・・「ギー」というリール音とともにしなりました。慌てて竿を手に取りリールを巻き上げましたが・・・根に入られ釣り上げることが出来ませんでした。一気に気が抜けて、お腹がすいたので「ぺヤング超大盛」を食べて朝に備えました。
明け方に、また、竿が動き出したので、今度こそ・・・と気合を入れて竿を持ち上げたら・・・悔しいです。

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500mlペットボトルサイズのアカハタでした。

109回招魂祭相撲大会

皆さんこんにちは、季節の変わり目ですが、いかがお過ごしでしょうか?
奄美大島は10月5日、12日と2週にわたり週末台風に見舞われました。
幸い地域や仕事場での大きな被害もなく過ごすことができました。

さて、みなさん10月と言えば・・・
そうです奄美市笠利町「109回招魂祭相撲大会」です。
そうですね~この大会に笠利町各校区の選手がどのくらい気合が入り、楽しみにしてるかといえば大阪:岸和田のだんじり祭ぐらいだと思って頂ければ話が早いと思います。

それでは、今回は我が笠利Aチームの選手紹介をしたいと思います。

先鋒・大野先輩 37歳 気持ちは20歳 大野4兄弟長男 
(相撲・野球・短距離・ブラジリアン柔術)なんでもこなすスポーツマン!

次鋒・大野巧 28歳 高校レスリング部で慣らしたレスリング技が光る!
毎回大会を盛り上げる技師。

中堅・松岡辰高 29歳 日本大学相撲部出身。大きなな体を活かした四つ相撲は貫禄十分!

副将・大山 31歳 毎年この大会を楽しみにしている一人です。

大将・中 真平 29歳  今年はよくプレッシャーの中いい相撲を取っていたと思います。僕も彼ぐらい熱があればといつも感心します。

さて今年の結果はなんと・・・優勝! 3連覇!
しかも予選から決勝まで全勝の20勝!!

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弊社工場勤務 磯和樹 個人軽量級優勝
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開運相撲部 第28回住用三太郎祭り

10月5日 第28回住用三太郎祭りの職域相撲大会が開催されました。
大会当日の朝、奄美大島は台風が通過中で、奄美大島各地が停電しておりました。
私の家はアパートなので、ポンプも止まり水が出なくなっていました。
そんな状態ですが、何事もないかの様に大会が開催されました。

団体戦 開運酒造からは1チーム参加しました。
先方:野口 (怪我をしない事が1番の目標、中学生に負けた。)
中堅:元さん(笠利在住の助っ人、どんな相手にもひかず、頭から突っ込む。)
大将:中  (まもなく体重100㎏超え、招魂祭が近い為練習十分)
補欠:今回相撲デビューの蘇畑 (夜の飲み会目当てと、奥さんの強い要望により参加)
が参加しました。
全8チームが参加し、チーム2勝1敗で3連勝し、決勝にて1勝2敗で敗れ2位となりました。

個人戦では、デビュー戦の蘇畑が行事に名前を呼ばれているのに気付かないというハプニングもあり、楽しいお祭りでした。

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写真は試合後

思い出

皆さん、毎日のお仕事お疲れ様です。
学生時代に部活をしていた方は合宿や遠征の思い出はありますでしょうか。私の通っていた高校はスポーツ学校でしたので、他校より遠征が多く、毎週のようにあったのを覚えています。

先日、同級生からこのような写真が送られて来ました。約10年ぶりにこのバスを見て、現役時代はこのバスに乗って遠征なり、合宿をしていた時を思い出しました(汗)。

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あの頃は将来のことなどを考える余裕もなく、1日1日、白球を追いかけて走っていたのを思い出します。高校時代に色々なことを教えてもらったことに感謝していますし、会う機会がほとんどない同級生や先輩、後輩のことも鮮明に覚えています。

私の代も甲子園に出場は出来ませんでしたし、近年も甲子園に出場できていないのでテレビで見る機会がありませんが、奄美の地から応援を続けていきたいと思います。